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JunAle 「糸染めワークショップ」

2024年1月20日に大阪府京橋の文化施設、鶴身印刷所内の「JunAle sashiko studio」で開催された糸染めワークショップのレポートをお送りする。4つの綛(かせ:糸を一定の大きさの枠に巻いて束にした物)を蒅(すくも:タデアイという植物の葉を堆肥状に発酵させた染料)と灰汁(あく:落葉樹を焼いて作った灰に水を加えたもの)で発酵させた甕(かめ)を使って染める藍染め体験と、綛の構造や扱い、染色技術としての藍染めの解説が行われた。20日と21日の午前の部10:00-12:30と午後の部13:00-15:30で全4回の開催。今回は20日に取材・撮影で参加した。

「藍染め」のスキーム

藍染めほど、多くの人に愛されているのにその正体が判然としない存在はない。量販店で売られているデニムジーンズも、ジャパン・ブルーとして知られる伝統的な染色品も、その成果物と技術は全て「藍染め」というカテゴリーに入り得る。それらの立ち位置は千差万別でなかなか分類は簡単ではない。染色材料が人工↔︎天然、技術が新しい↔︎古い、色が濃い↔︎薄い、など2項の軸だけで並べることはできず、これらを含めたいくつかの軸が複合されたような三次元的な分類空間に置いてみて初めて、それぞれの特色を見分けることができる。また、それらの技術がどういった繊維(あるいは物品)を染めることを想定して構築されているのか、という視点も重要になる。その視点を踏まえることで、染める、という一つの工程のみならず、その前後で被染物に行われる処理工程の意味や、それらを組み立てて成り立つシステムとしての藍染めが目指すところ-その染めに携わる人が藍に求めているもの-が見えてくる。

つまり、藍で染められたものと染める技術のセオリーは、成果物がどのように使用されるのか、あるいは技術が何を目的としているか(発色の良し悪し、色落ち耐性の強弱、染色の難易などなど)によって定められていて、それら個々の技術体系で確かめられた結果から推察された藍の法則や、ふるまいを擦り合わせて見えるものが、いわば帰納的に総体として立ち現れている、というのが「藍染め」の現在地点と言えるのではないだろうか。藍染めに携わる人々がしばしば口にする「私が習った方法では〜」とか「私の知る範囲では〜」という言葉は、その「藍染め」の概形の中で誠実に自身の技術と成果物の領分を詳にしている姿勢の現れであり、また藍の染色が広く深く人の営みにあり続けている証でもある。

乾燥途中のタデアイの葉。この中に青色を示す物質、インディゴがある。この色素を持つ植物は種の垣根を越えて世界中に存在する一方で、染料として青色(藍色)を得ようした場合、逆にインディゴ以外の色素はほとんど候補に挙がらない。そのため、三原色の青が得られるほぼ唯一の方法として世界各地で含藍植物(藍染めに利用される植物の総称)を用いた染色技術が発達したが、19世紀末にインディゴが化学合成されたことで天然染料としてのインディゴ(とそれを使用する技術)の立ち位置は大きく変化した。現在では合成インディゴによる染色を「インディゴ染め」と呼ぶなど、天然染料を用いた染色と区別する動きも見られる。

ワークショップが目指すところ

今回のワークショップで登場した藍染めは、蒅に灰汁を加えて発酵を促した後に、麩(ふすま:小麦を製粉した際に出る皮くず)と貝灰(かいばい:牡蠣や蛤などの貝殻を焼いて作る灰)などを加えて染め液を作る「本建て正藍染め」という技法。これは栃木県佐野市にあった藍染め工房『紺邑(こんゆう)』の故・大川広一氏が拓き残したもので、染め液中の微生物の働きを重視した手入れや、美しい発色と高い堅牢度(日光や摩擦などによる色褪せの度合い)の両立を目指す点を特徴としている。発色と堅牢度を担保するためには、複数の色を出す甕を使った重ね染めや、都度行われる天日干しの工程など、時間と手間をかける事が必須となる。
今回の糸染めワークショップには、そうした「本建て正藍染め」という技術が目指す染めの姿を解説しつつながら、2時間という限られた時間の中で、実際に甕に接しながら藍染めの魅力や糸の扱いを参加者の方に知ってもらう、という意図があるようだった。全体の工程は1.綛糸の準備、2.精練、3.染め、4.洗い、5.天日干し、という流れで行われた。

今回染めた綛糸は木綿の刺し子用のもの。白と生成りの2色の綛を濃い色と薄い色が出る2つの甕で染め分けることで、藍染めで出せる色幅の違いや被染物との関係性を知ってもらう意図があった。写真は綛糸の構造を参加者の方に説明している場面。綾(あや:糸束の中にある斜めの並び)が乱れて糸が液中で絡まってしまう事態や、染め抜けを予防するためには綛の仕組みを知っておく必要がある。ちなみに、藍染めは被染物の表面を色素が覆うように染まる、という特徴を持ち、布などと比べて表面積の多い糸染めは甕の色素を多く消費する。

綛糸の両端は紽糸(ひびろ:綛の絡みを防止するための糸)で止められている。写真の薬指がかかっている部分が紽糸で、中指と小指の糸が輪になった綛の末端部。人差し指と親指で摘まれている箇所でそれらが括られている。紽糸が括られている箇所をつまんでみて写真のような形になっていれば綾は乱れていない。

染め液に浸す前の大切な工程、精練(せいれん)。被染物の種類(絹かそれ以外か)によって精練という言葉の内容は変わるが、今回は木綿糸なのでお湯で30分ほど煮て糸に付着している糊や汚れを落とす作業を行った。

甕の上に渡した棒に綛を通し、半分ずつ繰りながら糸を浸していく。糸の接地面は染まらないので液中で糸束を解しながら染める。染め液に浸した直後の糸は写真のようにくすんだ茶色をしている。

空気に触れることで色素が青色を示すようになる。濃い色の出る甕で10分、薄い色の甕で15分ほど浸したら綛を絞って染め液を落とし、洗いの工程に入る。染め、洗い、天日干しの流れを1セットとして、この工程を繰り返すことで染め色の明暗や堅牢度を調整する。

洗いの工程には、汚れを落とすことと、色素の発色と定着を促すことの2つの目的がある。写真のように甕からあげた糸を水に浸すと、まず茶色い汚れが出る(赤い色は染める前の糸の色)。

汚れを落とした後は、水を入れ替えて激しく飛沫を飛び散らせながら、ひたすら糸を水に触れさせて色素を発色させる。綛の色具合を確かめつつ、汚れが水に出てこなくなったら絞って水を切り、天日干しを行う。

インディゴはタンパク質にも染まりつくため、手も青くなる。皮脂がある皮膚の部分はある程度落ちるが、爪の色は数週間は落ちない。

染めと洗いが済んだら天日干しの工程に入る。水に触れて固まった綛糸を整えるため、紽糸を端に持ちながら糸束を両手で軽く張り天日で干す。今回は時間が限られていたため、天日干しの目的(染められた糸が含んでいる灰汁を日光で焼き、色素の定着を促す)を解説しながら、30分ほど屋外で綛糸を干していた。

上の写真の綛糸が生成り糸を藍染めしたもので、下は白い糸を染めたもの。糸の地色によって染め上がりの色が微妙に異なる。今回染めた糸は参加者の方に持ち帰ってもらった後、一日天日干しを行い、70℃のお湯に一晩つけて水で洗うよう説明があった。この工程を行うことでさらに発色が良くなり、また堅牢度も高くなる。

昨年11月に鶴身印刷所内にオープンしたアトリエ「JunAle sashiko studio」では、今回のワークショップで行われた藍染めと同じ技法で染められた刺し子糸の販売も予定されている。染め重ねた濃度や下糸の色と合わせて5種類ほどの区分になるそうだ。

終わりに

今回のワークショップでは「本建て正藍染め」という、良い色を永く保たせることを存在理由に持つ藍染め技術を下敷きにしながら、JunAleさんが考える、藍染めへの関わり方が示されているようだった。それは、かつて当たり前に行われていた蒅と灰汁を用いた藍染めに触れることで、「藍染め」という漠とした概形の中、参加者の方にひとつの確かな立ち位置を見出してもらうものであり、また発酵を利用したプリミティブな藍染めを体験することを通じて、刺し子ワークショップで伝えられたような人と布の関わりの原始的な姿のように、藍染めを日々の営みのスケール上に置き直す企てが含まれているように思えた。
全ての「染める」という技術は、すべからく「染められたもの」を第一に存在している。そしてまた、「染められたもの」がどのように人と歩んでいくか、という領分においても、染めの影響はなお色濃い。ある技術においては、良い色を永く人と共に在らせることが目的であるだろうし、またある技術においては、例えばデニムジーンズのように、生地の馴染みに伴って褪せていく色の姿を是とする場合もあるだろう。「藍染め」という分野においては、合成藍による染色が席巻してからこの方、発酵を用いた藍染めは主流には返り咲いていない。けれども、今なお古典的な藍染め技法は連綿と受け継がれているし、またそのプロダクトは愛され続けてもいる。工夫を詳らかにしつつ、その成果物に触れられるワークショップを通じて、参加者はその技術と成果物が持つ時間のスケールを自らの時間軸と重ね合わせることができる。それは時代の希求に左右されないものであると共に、「染められたもの」が人と過ごす時間の中で、「染める」行為に隠された見えない時間軸を思い起こさせてくれるものでもあるのだろう。

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